19章 イスラエルとの契約
1.イスラエルとの契約(19:1-8)
1節、第三の新月の日、つまりエジプトを出てから七週目、イスラエルの民はシナイの荒野、シナイ山のふもとに到着しました。色々な説はありますが、一般にシナイ山は、今日のエベル・ムーサと呼ばれる山で、彼らが辿りついた地点は、その北西にある今日エル・ラハと呼ばれる長さ四キロ、幅六百メートルから千メートルの広い谷間の平地であるとされています。かつてモーセは、そのシナイ山で、燃える柴を目撃し、神の召しを受けたのです。
さて到着した日の翌日、モーセは神に呼び寄せられて、シナイ山の頂上に登りました。そこでモーセは主からのことばを受けとります。主はこう仰せられました。「あなたがたが確かにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはあらゆる民族の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。これがイスラエルの子らにあなたが語るべきことばである(5、6節)。
モーセはこれをそのまま同胞に伝えていくのです。注目すべきは、このことばは、そっくりそのままではないとしても、かつてアブラハムに与えられ、イサク、ヤコブと継承されてきた主の約束のことばそのものです。既に創世記を読みましたが、創世記と出エジプト記はつながっているのです。つまり、かつて族長と結ばれた契約が、今度は、イスラエルの民全体と結ばれている、ということです。そして族長たちの家族ではなく、族長たちから出たイスラエル民族全体を通して、全世界が祝福されることを語っているのです。イスラエルの民は、モーセが伝えた主のことばを受け入れ、従うことを神に表明しました。
2.神を神として恐れ近づく(19:9-25)
そこで神は、今やモーセとではなく、民と対面しようとされる。そしてそのために、自らを聖別し、神にお会いする備えをせよ、と応じるのです。21節「下って行って、民に警告せよ。彼らが見ようとして主の方に押し破ってきて、多くの者が滅びることのないように」確かに、神が私たちの前に現れるとしたら、それは非常に興味深いこと。この目で、その神々しい方をはっきりと見てみたいと思うところでしょう。しかし、野次馬根性を丸出しにするような形で、神の前に出ることは許されないのです。
ヨブ記を読んだことのある人は、この点をよく理解しておられるでしょう。ヨブが、神との対話によって教えられたことは、神と人間がいかに大きく違うものであるか、神の高さに人はまるで及びもつかない、そのような方に、不平不満を並べ立てることが、いかに恐れ多いことか、ということです。事実、人など、神の目からすればこの広大な宇宙の中の、見分けのつかなような塵に等しいものです。けれども、そのような人の一人ひとりに目を留めておられるのが神であり、神の素晴らしさでもあるのです。
ともあれ、神を神として崇めることも無く、神の御座に土足で上がり込むような人間の思いあがった罪の心に、神は警告を発するのです。イスラエルの民は、身をきよめ、着物を洗い、神にお会いする備えをした。神は心を見られるお方ですから、そのような形を通して、心を聖別する、それが神にお会いするために求められた準備でした。
こうして聖書は、それまでアブラハム家の物語であったものが、ここからは、イスラエルの民の物語、つまり唯一まことの神を信じるイスラエルの民を通してもたらされる神の祝福が語られていくのです。ですからこの後の19~24章は、神が人と対面し、人に何を期待されているのかを教える重要な内容となっています。つまり一般には十戒、十の戒めと呼ばれるものが語られ、それを土台とした、高尚な人間の倫理、生活規範が語られるのです。大切なのは、それは、イスラエルの民が神にとって祭司の王国、聖なる国民となる目的を持つためのものだ、ということです。神は人を捕まえて、自分の倫理観を教えてよくできた人間をひな壇に飾って喜んでいるようなお方ではありません。神はイスラエルとの関係を通して、まことにこの世には、神がおられること、そして神がいかに人を愛し、また恵み深い方であるかを知らせようとしているのです。そのために選ばれた民がイスラエルであり、キリスト者である。おおよそその目的にはふさわしくない私たちが、敢えて選ばれたことに心からの感謝をもって応答したいところではないでしょうか。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。「出エジプト記で「神の山」と呼ばれる山は、通説では何山のことでしょうか?①シナイ山、②タボル山、③ヘルモン山」答えは、①シナイ山でした(出エジプト24:13、16)。では、今日の聖書クイズを一つ。イスラエルがエジプトを出発してから1か月目、彼らはどの地点に到達していたでしょうか。答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。
<天草さんのフォローアップ>
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私の願いは、聖書が国民の愛読書になることです!