創世記7章

創世記7章 箱舟の完成と大洪水
1.箱舟の完成(7:1-16)
実際に、どれほどの年月がかけられたのか、と思わされますが、ついにノアは箱舟を完成させました。神は、これがノアの正しさであることを認めています(1節)。ここに、私は、神が認める正しさとは何かなあと考えさせれます。俗に考えられているように、クリスチャンらしい振る舞いをする、それが正しいことなのか、それとも、不足があるなしに関わらず、ただひたすら主の言葉に従う心を持ち、従っている、それが正しいことなのではないか、などと考えるのです。ともあれ、神はノアに、箱舟に入るように、またこの際に、種々の動物を連れてそうするように、と語るのです。ノア600歳の時であったとされます。
さて11節「大いなる淵の源がことごとく裂け、天の水門が開かれた」とあります。この表現は、1章の「大空の下にある水と、上にある水」を意識したものとされます。つまり、それは豪雨だけによるものではなく、地形の変動も加わった地下水脈が溢れ出ることも含み、あたかも創造の業を打ち壊すかのような、つまり上の水も下の水も一緒になると思われるほどの異常な大洪水があったことを語ろうとしているというのです。しかしその水害の範囲や程度については諸説があります。この地上の高い山々すべてを覆いつくしたという意味なのか、それとも、地上に生きている者、すべてを押し流す程度のものであったのか、通説は後者です。それは、人間の裁きのために起こった洪水なので、人間がすべて死に絶えることで十分だったからです。いずれにせよ、この洪水は、神によって起こされた、未曽有の災害でした。
16節。「主は、彼のうしろの戸を閉ざされた」とあります。戸を閉めたのは、ノアです。しかしここは、神がノアの閉ざした戸の守りを固められた、という意味なのでしょう。主の勧めに従ったノアを主が守られたのです。それは、神の守りなくして、どんな者も生きながらえることのできない大洪水であったことを意味します。「告げよ主に」という聖歌(423番)があります。「告げよ主に告げよ今、内にある悩みを、みめぐみに富める主は、聞きたまわん親しく、告げよ主に告げよ今、慰めは主にあり、力ある御手をのべ、主は支えんなが身を」とあります。「力ある御手をのべて、主は支えられる」主の力強い御手によって、守られていくことがあります。「ただノアと、彼とともに箱舟にいたものたちだけが残った」(23節)とあるように、ただ神によって守られて残されていくことがあるものです。
2.ペテロの解釈
ところでこの物語については、新約聖書の使徒ペテロが、一つの解釈を施しています。彼は言います。「そのことは、今あなたがたを救うバプテスマをあらかじめ示した型なのです(1ペテロ3:20,21)」
ノアが箱舟に入るまで人々は、「飲んだり、食べたり、めとったり、とついだり(マタイ24:38)」していました。神に対する畏れが失われ、生活の中から祈りが消え去り、世と世のものを愛し、欲望の赴くままに罪に埋もれた生き方をしていました。このような状況において、神の勧めを注意深く聞き分け、神のみこころを見出し従うことは大変難しいことであったに違いないでしょう。今日もまたそのような時代であると思います。このような時代にあって、神の言葉を注意深く聞きわけ、神に従う一歩を踏み出す、つまりバプテスマを受ける者を神は守られ、救われるというわけです。バプテスマは、滅びからの救い、私たちの新しい人生を切り開く舟に乗りこむことと同じです。
またペテロは、この箇所から、さらに大きな裁きが待っていることを語ります(2ペテロ3:5-7)。神は、世の不正をそのままにはされず、必ずご自身の義を表されます。私たちにはしばしば世の横暴は、このまま永遠に続き、正しい者は忘れ去れていくのではないか、と思うことがあるものでしょう。しかし、事実はそうではありません。世は、裁きの終末に向かうと同時に、正しい者が報われる、神の栄光の御国の終末へと向かっているのです。その信仰に立てばこそ、今の世を、神の言葉に従って歩む力も出て来ることでしょう。今日も、私たちの生活に主権を働かせられる神がおられる、その神を恐れて歩むべきことを覚えたいところでしょう。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に昨日のクイズです。「聖書の物差しの単位である1キュビトは、何センチにあたるでしょうか?」答えは、44.5センチ、古代は今日のような標準化された物指しがなかったので、身体の一部分をもって測量の道具としました。中指の先からひじまでの長さを1キュビトとし、これを基本単位としたのです。人によってひじまでの長さは異なりますが、通常は、44.5センチとされています。では、今日の聖書クイズを一つ「ノアの洪水の際に、大雨は何日降り注いだでしょうか」、答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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