エレミヤ書25章

25章 神の激しい怒り

おはようございます。25章は、24章の後に来ていますが、時間の流れからすれば逆であり、さらに前の出来事を扱っています。頭でエレミヤのメッセージの流れを再構成しながら、その本質的なメッセージを掴んでいきたいところです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.エレミヤの預言活動と神の裁き

「ユダの王、ヨシヤの子エホヤキムの第四年(1節)」とある。先の24章は、「ユダの王、エホヤキムの子エコンヤ(1節)」がバビロンに連れ去られた後の預言であるから、時計の針が戻されていることになる。つまりエレミヤ書は、時間の流れに沿って書かれていないので、注意して読みたいところである。

この年エレミヤは書記バルクに命じて、預言を口述筆記させて王の前で朗読させた(36章)。しかし王は、その書を火にくべ、神のことばに耳を貸そうとしなかった。本章は焼却されたその書の結論部分にあたるものとされる。だからそれは、エレミヤの預言活動を振り返りその内容を要約するものともなっている(3節)。まず、エレミヤは自分が預言者として召されたヨシヤ王の第13年(1:2)、つまりBC 626年(1:2)から23年間、「主のことば」を語り続けてきた。ユダが偶像崇拝から立ち返り、真の神との約束に立ち返るようにと。しかし、誰も彼のことばに耳を傾ける者はなかった。そこで神は、「バビロンの王ネブカデレザル」をご自分のしもべとして、呼び寄せ、さばきの道具にした、という。そして70年間、つまりエホヤキム王の第四年目(BC605 年)からクロス王の帰還許可が下りるBC536 年までの約70年間、捕囚の苦しみを通らせる、という(11節)。またこの期間は、多くの国々にとって激動の時代でもあった。

なおエレミヤは再度新しい巻き物を用意し、神のことばを語り続けたが、これ以降、エホヤキムに代わってゼデキヤが王になると、エレミヤは獄中に投じられることになる。

2.神の怒りの杯

15節以降後半は、神の怒りの裁きがエルサレムのみならず、南の国々に、つまりエジプトとエドム、モアブに、さらにはツロをはじめとした北の国々にも及ぶことを語っている。エレミヤはこの預言をもう一度、46-51章で詳しく取り上げるが、個々では要約的に語るにとどめている(32節)。

神の怒りは激しい。神は「この憤りのぶどう酒の杯を~飲ませよ」という。思い出されるのは、イエスが受けた杯である(マルコ10:38)。イエスは父に語り掛けて「アバ、父よ。~どうか、この杯をわたしから取り去ってください」(マルコ14:36)と語った。つまり、イエスは、神に反抗し続ける罪人に対する一切の裁き、神の激しい怒りを身代わりとして受けたのである。本来は、罪人である私たちがこの杯を飲み、泣き叫び、屠られ、倒れ、消え失せる者であったのだが、私たちに対する神の激しい怒りは取り去られたのである。全く神のあわれみのゆえに。もう一度昨日のメッセージを思い起こそう。良いいちじくのように、良いものであると見なしてくださる(24:5)お方と心を合わせて歩ませていただこう。