4章 神の力により完成させる
おはようございます。今年も残るところいよいよ後1週間ほど。来年に向けて、神のことばを中心とするライフスタイルに持っていけるよう、準備する一週としたいところです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安
1.第五の幻、神の助けによる神殿の完成
第五の幻が語られます。ゼカリヤは、全体が金でできている一つの燭台を見ています。どうも、この燭台の構造がよくわかりません。翻訳の問題というよりは、原文そのものがわかりにくいのです。ただ言いたいことは、目の前に金の燭台があって、その燭台の灯はそばにある二本のオリーブの木から直接燃料が注がれて(12節)、燃え続けていることです。一々給油する必要のない、半永久的に燃え続ける燭台が描かれています。
ゼカリヤは、この幻が何を意味するのかを御使いに尋ねました(4節)。その答えは、まず、神殿の完成に神の助けがあることです。イスラエルの人々は神殿再建工事に着手しましたが、その完成は危ぶまれていました。6節、「権力」は集団の組織的な力、「能力」は個人的な力量を意味します。つまりゼルバベルとその神殿再建の協力者たちには、人間的に頼む組織的な権力も個人的な能力もありませんでした。ソロモンが神殿を建設した時とは、大きく事情が異なっていたのです。ソロモンの時には、選りすぐりの人材が近隣諸国から集められましたが、今回はそうではなかったのです。しかし、どれほど劣悪な条件にあろうとも、永久に燃えるオリーブの木に象徴される、聖霊の油注ぎ、つまり神の助けによって、ゼルバベルの働きは達せられる、と神は保証するのです。7節「恵みあれ。これに恵みあれ」は一種の掛け声です。つまり、最後の積石が所定の位置に据えられて工事が完了し、竣工式が行われるその時までに、神はこれを助けてくださるのです。大切なのは、この神の助けを信頼して私たちがやり抜くかどうかです。
2.オリーブの二本の枝
またみ使いは、12節「オリーブの二本の枝」の意味を解き明かします。それは、二人の油注がれた者、つまり大祭司ヨシュアと総督ゼルバベルのことである、と。彼らは神によって立てられた神のしもべでした。神の祝福と神の励ましのことばを語り伝え、イスラエルに新しい希望をもたらす神の器である、と言うのです。
ただこの4章までのメッセージには、当時の読者のみならず、現代の私たちにも語られているメシヤ預言的な意味もあります。この預言は、BC519年の神殿の再建について語っているものですが、それ以上のことを語り掛けており、その本質的な部分は今なお適用されるものです。たとえば、若枝(3:8)、石(3:9)、かしら石(4:7)は、それぞれ象徴的なことばです。祭司職と王権を兼ね備えた一人のメシヤを指しています。
確かに今日、私たちは、神殿ならぬ教会を建て上げそれを完成させる事業を追っています。それは、ソロモン時代のように、多くの人々が後押ししてくれるような働きではありません。組織的な力も、個人的な能力も乏しい中で、完成も危ぶまれるような働きであるかもしれません。しかし、祭司職と王権が一つに統合されたイエスの助けによって達せられていく働きです。教会の働きに加わるならば、この主の大いなる助けを味わうこと間違いなしです。