創世記4章

創世記4章 人間の罪(人への横暴)と結果,裁き
1.最初の殺人(4:1-8)
この4章には、恐らく人類史上、最初の子どもの誕生と共に、最初の人の死が書かれています。そして、記録された死は、老衰の死ではなく殺人による死です。人は神に造られた者ですが、神の言いなりになるロボットではなく、神に逆らうことすらできる完全な自由意思をもった者として造られました。カインは、その自由を、人を憎み、抹殺するものとして用いてしまったのです。人は、高等動物であり、地上で最も優れた生き物であると、誰しもがそう信じたいところでしょう。そして確かに、高貴な目的に自分をささげ、崇高な人生を生きる人もいれば、逆に、与えられた自由を、自己中心的に、ただ欲望を遂げるためだけに用い、終いには一線を超えてしまうこともあるのです。
カインとアベルは、それぞれに土を耕す者、羊を飼う者として成長し、大人になりました。そしてある日、神にささげ物をささげるのです。すると神は、二人に異なる態度を取られました。新約聖書のヘブル書には、その出来事についての解説があり、その原因は、ささげ物の内容ではなく、ささげ物をささげようとする二人の心の態度、信仰の違いにあったとしています(ヘブル11:4)。大切なのは、何をささげるかではなく、どのようにささげるかです(マルコ12:43,44)。神は礼拝者の心を見ておられるのです。
そしてさらに注目すべきは、殺人者カインは、無神論者ではなく、神の存在を認める者であったことです。カインは神を認めながら、神に背く選択をしたのです。いや、神が自分を評価されなかったことに怒りを燃やし、神の警告に背いていくのです。神の存在を完全に否定するわけではない。けれども、神を認め従おうとするわけでもない。このようにして人が自分の心の声に従い、何か罪を犯すなら、アダムがそうであったように、その蒔いた種は刈り取らねばならなくなります。カインが受けた報いは、二つ。大地が作物を生じさせないこと。土を耕す者カインにとってそれは、致命的な報いであったと言えるでしょう。そして、さらに地上をさまよい歩くさすらい人になること。彼はこの地上で居場所を失うのです。最初の殺人者に与えられた神の裁きは、死刑ではなく、自ら犯した罪の重荷を抱えたままに生きていくことでした。
2.カインに対する裁き(4:17-26)
ただ神は、人に罰を与え、放り出して終わりのお方ではありません。アダムとエバに対してもそうでしたが、カインに対しても、新たな人生のめぐみの機会を与えられるのです。15節、「主は、彼を見つけた人が、誰も彼をうち殺すことのないように、カインに一つのしるしをつけられた」とあります。それは、文字通りのしるしをつけた、というよりも、カインが殺人を犯したということで、神が裁かれた以上に何かが加えられることのないようにした、ということでしょう。神の創造主としての、もう一つの側面、神の正しさと愛が語られているとみるべきでしょう。神は偏りなく、正しいことをなさるお方、そしてただ正しいのではなく、愛の配慮をもって正しいことをなさるお方なのです。
17節以降は、カインの子孫、つまりはアダムの子孫について描かれています。この系図をどう理解すべきか。素朴な疑問は、アダムとエバが最初の人として創造され、カインとアベルを産んだと言うのならば、一体カインの妻はどこから来たのか、ということです。こうして人類の起源については、聖書の素朴な創造論だけでは説明しえない、つまり科学者が言う進化論にも耳を傾けざるをえない状況を認めざるを得ません。ただ俗に創造論とは言われますが、それは進化論に対比されるような仮説なのではなく、単純に、人は神に造られたものであることを述べているだけでしょう。聖書に科学的な説明を施す関心はないのです。むしろ、それは、人間の起源を科学的に説明するよりも、神から離れて人生を彷徨い始めた人間を、神は決して見捨ててはおられない、神の人類に対する愛を語るところにあるのです。
カインが新しい町を建て、人生を建て直し始めた時に、人々が主の名を呼ぶことを始めたとあります。人にあって他の被造物になきもの、それは宗教性です。人は神を拝む生き物です。それは、神の言葉によって生き物となったか、神の命を吹き込まれて生き物となったかの差でもあるのでしょうが、人は神と特別な関係を求める存在であり、事実特別な関係を持ちうる存在であることに間違いないのです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に昨日のクイズです。「一般にエバが取ってアダムに与えた木の実はリンゴと考えている人は多いですが、聖書は何の木と語っているでしょうか?」答えは「善悪の知識の木」です。解剖学では、のどぼとけのことをアダムズアップルと呼ぶと聞いたことがあります。アダムがリンゴを食べていた時に、神に呼びかけられて、のどにつっかえて出来た、と。そんな逸話で、りんごと覚えている人も多いのではないでしょうか。では、今日の聖書クイズを一つ、アベルとカイン、羊の初子を神にささげたのはどちらでしょうか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

<天草さんのフォローアップ>
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