41章 聖所

おはようございます。エゼキエルはさらに奥へ進み、新しい神殿本体の構造を案内されています。そこに込められた象徴的意味が、私たちの信仰生活の目標となります。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.神殿本体の構造

先の幻は、神殿境内の構造を説明するものでした。いよいよ、エゼキエルは奥に進み、神殿本体へと入り、その中を案内されています(1節)。これもわかりやすい、3Dアニメーションがあるので紹介しておきましょう(⇒https://bit.ly/3lJJGBK)。既に外庭に入るのに7段、内庭に入るのに更に8段上っています。そこから更に10段上って行くのです。神殿の構造自体が、天におられる主の御前に立つ心備えを求めるようになっているようです。本堂は、玄関、聖所、至聖所の三つの部分から構成されています(1-5節) 。続いて神殿の周囲にある脇間が説明されます(6-14節)。三階建てになっていて、各階に30の部屋がありました。脇間の入り口は、それぞれ北向きと南向きになっています。これらは、神殿器具や備品、神殿に仕える者に支払われる十分の一献金とささげものを収納するスペースだったのでしょう。西側の聖域には、70×90キュビトの別の建物があります。これも収納スペースです。全部で180室、霊的に回復される新しいイスラエルの豊かさを象徴しています。おおざっぱな構造の後に、外装や内装の状態が説明されます。本堂の入口にも内側にも、また聖所と至聖所の扉にも「ケルビムと、なつめ椰子の木」(18節)の彫刻が施されています。

ところでなぜ、なつめ椰子とケルビムなのでしょう。詩篇には「正しい者は、なつめ椰子の木のように萌え出で、レバノンの杉のように育ちます」(92:12)とあります。つまりそれは、正しい者の繁栄のしるしであり象徴でした。また、仮庵の祭りにおいては、まだ広がらないなつめ椰子の葉を使って打ち振り、主の前に喜ぶように勧められています(23:30)。いわゆる祝い事の象徴です。またなつめ椰子はヘブル語でティモラーですが、新約聖書では、フォイニクスというギリシャ語が使われ、「しゅろ」とも訳されています。イエスがエルサレム入場の際に、人々はこの葉を用いて歓迎し、ホサナと叫びました。またギリシャ語のフォイニクスは不死鳥を意味します。葉を広げた樹容が不死鳥に似ているからでしょう。なつめ椰子と言えば、デーツ、甘いドライフルーツを連想するところですが、それは、正しい者の繁栄のしるし、よいこと、祝い事、そしていのちの象徴として、イスラエルの人々には愛されたのでした。

またケルビムは、創世記に出てきますが、それは、エデンの園にあるいのちの木を守るために備えられたものです(創世記3:24)。これがイメージ化されたのは、幕屋の至聖所に置かれた契約の箱の贖いの蓋が作られた時です。蓋の上に互いに向かいあう純金製のケルビムが、守護的な存在として設置されたわけです(出エジプト25:18-22)。またケルビムの翼が上方に広げられている様子は、目には見えない神の御座の見える台座、あるいは移動する王座を連想させるものです(1サムエル6:2)。既にエゼキエルは10章でその様子を描いています。神は「ケルビムに乗って飛び、風の翼で天翔られた」と語られているとおりです(詩篇18:10)。ソロモンの神殿にこのケルビムの彫刻が施されたのはそのためなのでしょう。それは、主の臨在を象徴し、主の栄光を守るのです。

繁栄、いのち、そして主の臨在と守りを象徴するものが神殿本体の壁を飾りました。まさに、神ご自身がおられる場に相応しいイメージなわけです。新約聖書では、私たち自身が神の宮なのだと教えられています(2コリント6:16)。となれば、私たちの心の内も、ケルビムとなつめ椰子の木が彫刻される必要があります。つまり、私たちが歩くバイブルと言われるような、自己の霊的成長に真剣に向かい合わなくてはならない、ということです。

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