創世記12章

創世記12章 アブラムへの約束
1.召されたアブラム(12:1-9)
アブラム、イスラエル民族の出発点となった人の物語が始まります。彼が生きていたとしたら(使7:2)、いったいいつ頃の人だったのか。学説によると、ウル第三王朝時代(1960-1830年)の初め、ウル・ナンム王の時代であったと考えられています。ウルは、現在イラク領に位置し、当時は大都市でした。アブラムは、そこから父のテラと一緒にユーフラテス川を北上し、ハラン(「通路」を意味する)へ移住しています。ハランは、北部メソポタミヤの町で、北のニネベやバビロンから南のエジプトへ出ていく道の中継都市として繁栄した商業の町でした。現在では、トルコ領の一寒村、ハルランがその場所と考えられていますが、月神を拝むなど、文化的にはアブラムの故郷、ウルと共通性のある町だったようです(創世記11:31-32、12:4-5、使徒7:2,4)
アブラムが75歳の時に、父テラが亡くなり、それが彼にとって大きな人生の転換点となっていきます。というのも、アブラムは神の語り掛けを受けて、神に招かれるまま、このハランの町を出ていくのです。彼は西へ移動、カルケミシュ付近でユーフラテス川を越え、南に下りアレッポ、ダマスコと進んでガリラヤ湖の南方でヨルダン川を越えてシェケムへとやってきます。約640キロの旅でした。カナンと呼ばれたこの地域は、もともと彼が住んでいたチグリス・ユーフラテス流域に比べれば貧しい土地でしたが、アラビヤの砂漠の人たちから見れば「乳と蜜の滴る地」と言われる場所でした。
高度な文明都市ウルから商業都市ハランへ、そして田舎町のカナンへ、今まで慣れ親しんだものを捨てて、見知らぬ町並みや人々、言語、文化、気候、そして地形の中を、神に招かれるままに移動していくのです。何か象徴的ですね。私たちもどこから来て、どこへ行くのか。考えたことはないですか?学生時代、皆が就職活動をなんとか済ませている時に、自分はまだ思うほどのこともしておらず、いや、そもそも、何をしたらよいのかわからない。やりたいことがないわけではないのだが、あまりの凡人ぶりに、パッとした将来像も描けずにいる。いやいや、アブラムはそんな人生選択の時代をとっくに通り過ぎていて、75歳になって、こんな人生でよかったのかなあ、と考えていた人だったのではないか。
そこに、神が語り掛けるわけです。私と共に人生を歩まないか。あなたの目には見えないかもしれないが、この世には神がおられて、その神がすべてのすべてなのだよ、その神に従う人生というものを生きてみないか。そこにあなたの祝福があるから、あなたは祝福を掴みなさいと言われるわけです。もう人生が終わろうとしている75歳、高度な医療が発達した今日であれば、まだまだいける、というような年齢かもしれませんが、少なくとも当時は、もう運転免許も返して、身辺整理もして、人生終わりかな、というような年齢だったと思います。後は、死の順番を待って待合室にいるだけのような人間に、関心を向けて、なおも人生良かった、と思えるような人生の続きを与え、完結されようとする神がいる、それが事実だとしたら、それはまさに福音、良き知らせですね。
2.いきなり飢饉(12:10-20)
アブラムは、妻のサライと甥のロト、そして自分の家族に加えられた人と共に、神の招かれるままに出ていくわけです。そしてシェケムに辿り着いた時、神は、「わたしは、あなたの子孫にこの地を与える」と再び語られるのです。アブラムは祭壇を築いたと言います。それは神を礼拝する行為、神あっての自分を確認し、神に栄光を帰し、神に全てを委ねる行為です。しかし、10節、神が与えると言われたその地には飢饉が生じていますね。神様信じてきたのに、なんだか当てにならないな、貧乏くじでも引いたかなと思った瞬間ではないでしょうか。けれども、少しお付き合いいただきたいのです。その後、アブラムの身に何が起こり、神様はどのように約束を実現していかれたのか、読み続けてみましょう。なんとも、神様の約束は直ぐには実現せずに、実現の兆候が見えるまでに、まるでドラマのように、希望を打ち砕くかのような様々なエピソードが語られています。ハッピーエンドの物語には必ず付き物の、引き下げエピソードが織り交ぜられています。でも、これはフィクションではありません。8節、祭壇を築いて「主の御名を呼び求めた」とあります。神を真剣に呼び求める人生がどうなるのか、共に見てまいりましょう。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に昨日のクイズです。「よく知られたブリューゲルが描いた絵画では、バビロンの塔は円筒形ですが、今日発掘されているジグラットは基本的にどんな形でしょうか?」答えは、基本的に方形で、7層積み重なる構造が一般的なものです。では、今日の聖書クイズを一つ。アブラムが約束の地カナンに来た時に、最初にしたことは何でしょうか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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