エレミヤ書29章 神の言葉は伝わる
おはようございます。バビロンに連れて行かれたイスラエルの民へエレミヤが書き送った手紙から学びます。大切なのは、当時ユダヤ人がその状況下でどのような惑わしに晒されていたかです。今の時代においては、COVID-19禍にある社会の惑わしに注意すべきです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安
1.捕囚民への手紙
BC597年、ネブカドネツァルは、戦争に敗れたユダヤ人を捕虜としバビロンへ強勢的に移住させました。エレミヤはその連れ去られた民に手紙を書き送っています。これが27、28章に続いて起こった出来事とすれば、それは、おそらくゼデキヤの第四年(BC593 年)頃の出来事であったのでしょう。
ともあれ捕囚となったイスラエルの民は、新しい環境になかなか馴染めないでいました。早期帰還のメッセージを語る偽預言者のことばが、彼らの心を捉えたのも無理はないのです。そのような状況で、エレミヤは、真の希望がどこにあるのかを伝える、神のことばを手紙にしたためて書き送りました。祖国への復帰は1、2年のことではなく、これから70年かかることである、と(10節)。ちなみに、エレミヤは二つの七十年を預言しています。ここで語られている70年の捕囚と、25章で語られている70年の荒廃です(25:9-11)。バビロニヤ捕囚は、エホヤキムがネブカドネツァルに屈し、最初の捕虜が連れ去られた(ダニエル1:1)BC605年から始まり、クロス王がユダヤ人に帰国を布告したBC536年に終わりました。70年のエルサレム荒廃は、エルサレムが包囲されたBC589年の第十の月の十日から始まり、BC520年第九の月の25日、神殿再建を奨励するハガイの預言で終わるものです(ハガイ2:18)。そこでそのような長期間を想定した回復の歩みを心掛けるように勧められるのです。まずその土地にしっかり根差して住み着き、その土地で繁栄するように。また、その町の平安を求め、その町のために祈るように。そして、興味深い忠告は、偽預言者に惑わされないことと、自分の夢に振り回されないことでした。人間は、過去の記憶と願望の狭間で生きています。強すぎる願望は、偽預言者に隙を与えるものでしょう。
2.偽預言者への宣告
21節からは、偽預言者への宣告です。また先にエレミヤが語った、バビロン定住のススメを狂気と見なし、エレミヤの影響力を排除しようとしたユダヤ人の政治的指導者シェマヤに対する神の裁きが語られます。エルサレムにいる民の中には、ハナンヤの裁きを目の当たりにし(28:17)、エレミヤを支持する者もいたのでしょう。しかし、自分の夢と偽預言者に惑わされた指導者たちのエレミヤに対する風当たりは強かったのです。神は、そのシェマヤが神の行おうとしている良い結果を見ることはない、と宣告します。
エレミヤは、神のことばを語り伝え多くの反対にあいましたが、その努力は決して虚しく終わることはありませんでした。むしろ、真に神に仕える者には、それは伝わり、従われていく神のことばとして受け止められたのです。今の働き人においても大切なことは、自らの興味関心、願望から自由になって、神のことばを純粋に語り続けることでしょう。