エレミヤ書28章 時が明らかにする
おはようございます。エレミヤの言葉の筆記者として仕えたバルクによる、エレミヤの伝記的な記録が26-45章まで続きます。大切なのはバルクの記録の意図を捕まえることでしょう。それは既に時が明らかにしている神の言葉の真実さに悟りを得ることです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安
1.ハナンヤとエレミヤの衝突
26章からはエレミヤの預言集というよりは、伝記的な記述となっています。そして、この28章は、時間的に前の27章に連続した出来事を書き留めたものです。つまり預言者のハナンヤとエレミヤの衝突が描かれています。彼らは、いずれも預言者として立ち、互いに真逆のことを語り伝えました。どちらの預言が正しいのかが問題となったわけです。
ハナンヤは、ギブオンの出身でした。そこは、エレミヤの出生地のアナトテと同様に、ベニヤミン族に属する領地にある、祭司の町でした。おそらく、ハナンヤも祭司の家系に属し、彼自身祭司だったのでしょう。ハナンヤは、エレミヤが首につけた木のくびきを打ち砕き、バビロン捕囚が二年以内に終わり王や民もエルサレムへと解放されることを告げます。
それに対してエレミヤは神の意思が、その逆であると言い切ります(14節)。つまりネブカドネツァルの支配がいよいよ強くなるというわけです。ハナンヤもエレミヤも真剣でした。どちらが正しい神のことばなのか、二人の緊迫した衝突に考えさせられるところです。
2.正しき神のことば
エレミヤは申命記の教えを引用して(申命記18:22)、その考え方を説明しています。「平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、本当に主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」と(9節)。預言の正しさは、いずれ時間がそれを明らかにすると言うわけです。
おそらくこの伝記的な部分を記録したのは、バルクであったと思われますが、バルクは、このハナンヤとエレミヤの衝突の行方を追って、読者に注目を促すのです。まず、ハナンヤは、エレミヤの首から木のくびきを外すとそれを群衆の前で打ち砕いた、と言います。それは度肝を抜くようなパフォーマンスでした。エレミヤは、そんなハナンヤともはやそれ以上争うこともなく、その場を立ち去り、まさにことばの真偽を時に委ねていきます。ただ彼は、個人的にハナンヤを訪れ、さらに神のことばを伝えるのです。ネブカドネツァルの支配が強まることに間違いはなく、民を惑わしたあなたは死ぬ、と(16節)。バルクは、エレミヤのことばの真偽を追って、ハナンヤが、衝突から2か月後死んだ事を記録します。つまりバルクは、エレミヤのことばが神から出たものであることを訴えているわけです。
このバルクの読者に対する訴えが生きてくるのは、エルサレム滅亡後の捕囚期です。このエレミヤ書を読んだダニエルは、実際にユダヤ人がバビロンから解放されることを悟っていきます(ダニエル9:2)。一度滅びた国家再建の夢を、ダニエルはこのエレミヤ書に見出していくのです。大切なのは、聖書は私たちに対する恵み深い神の約束で満ちていることです。時が明らかにしている神の言葉の正しさに注意を向け、悟りを得ていきたいものです。