エレミヤ書44章

44章 必ず成就する神のことば

おはようございます。様々な人生の喧騒の中で、淡々と神の御言葉に従いながら、また神のなさることを見ながら生きていく生があるものでしょう。エレミヤ最期のメッセージ、今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.残された者へのメッセージ

エレミヤ最期のメッセージとされる部分です。エレミヤの預言集(1-25章)、エレミヤの伝記(26-45章)という流れからすれば、本章は、前者の預言集に収録されてもおかしくはない内容です。イスラエルに残された民は、カルデヤ人の報復を恐れて、エジプトへと逃げてきます。そして、これ以降エレミヤの消息も途絶えてしまいます。伝承によると、彼はエジプトで石打にされ、殺されたとされています。

ともあれエジプトの地に住み着いた彼らは、真の神を捨てて、「天の女王」の偶像崇拝に陥ってしまうのです。「天の女王」とは、アシュタロテ、つまりツロとシドンの民が礼拝した女神で、農耕神バアルの妻とされた偶像です。黄金製や青銅製の女体裸形像で、エジプトではカデシュ、ギリシヤではアフロディト、ローマではヴィーナスとして知られる情愛の神として崇拝されました。イスラエルでは、パレスチナ定着後、士師の時代に信奉されはじめ(士師2:13、10:6)、幾度か宗教改革により排除されながらも、ソロモンの時代(1列王11:5、33)に復活して存続し、ヨシヤの時代に徹底的に排除された偶像崇拝でした(2列王23:13)。彼らは自分たちの身にふりかかった災いが、天地創造の神に従わなかったからではなく、むしろこの「天の女王」に対する礼拝をないがしろにしたためであると考えたのです。一切の不幸はヨシヤの宗教改革に始まった、と言うわけです(17、18節)。

2.時が神のことばの真実さを明らかにする

残された民は、エレミヤに反抗しました。エレミヤは「なぜ」(7、8節)を繰り返します。これだけ神の怒りを受けながら、その後もゲダルヤ(40章)、イシュマエル(41章)、そしてカレアハの子ヨハナン(42、43章)、と神を第一としない指導者によって情勢が目まぐるしく変化していく中で、なぜ皆悟らないのかという問いでもあったのでしょう。エレミヤは彼らに神の言葉を告げます。「ではその考えを貫くがよい」と(25節)。まことの神がどなたであるかを知るにはそれ以外にない。そして、あなたがたも滅びるのだ、と(27節)。

ホフラ(30節)は、エジプト第26王朝の4番目の王です。彼は即位して間もなく、パレスチナとフェニキヤを侵略し、ユダの王ゼデキヤをバビロンに反逆させました(エレミヤ37:5)。しかしそれがエルサレム滅亡の呼び水となりました。エルサレム陥落後、ホフラは少数のユダヤ人難民を受け入れ、タフパヌヘスに住まわせています(43:7)。そしてその後BC569年リビヤ遠征中に起こったクーデターを制圧しようとして殺されてしまいます(BC566年)。まさにエレミヤの預言どおりに事は成就しました(30節)。

おそらくエレミヤはその結果を知ることもなかったでしょう。しかし、神のことばを伝える預言者の任に徹していた彼にとってそれはどうでもよいことだったのではないでしょうか。心は天にあり、神と共に語り合いつつこの時代を生きていく「生」があるのです。