ゼカリヤ書1章

ゼカリヤ書1章 幻による預言

おはようございます。ゼカリヤ書に入ります。幻が綴られますが、幻は全体的な印象で捉えることが大事です。幻に込められた主の愛に満ちたメッセージを受け止めてまいりましょう。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.ゼカリヤ書の背景

エズラは、「預言者ハガイとイドの子ゼカリヤの二人の預言者が、イスラエルの神の名によって預言した」と語っています(5:1)。ゼカリヤは、ハガイと同時期の人で、本来は、イドの孫にあたる人ですが、自分をイドの子としています(1:1)。おそらくそれは、父ベレキヤが祖父イドより先に死んで、祭司の職務を祖父のイドから直接受け継いだためなのでしょう。「ダリヨスの第二年の第八の月」(1:1)は、BC520年、ユダヤ人がパレスチナに帰還し始めてから16年後のことです(ハガイ2:10)。

まずゼカリヤのメッセージは、叱責調に悔い改めを勧めています。しかしそれは、すでにハガイ書でも見たように、神殿再建の熱意に冷めてしまったユダヤ人たちを、再びその使命に立たせようとするものでした。

2.ゼカリヤの幻

続く7節以降は、「ダリヨスの第二年の第十一の月」、つまり、その3ヶ月後ユダヤ歴のシェバテの月に語られたもので、ここからは種々の幻によって預言されています。第一の幻は、谷底にあるミルトスの木の間に立つ赤い馬に乗った人です。ミルトスは、黄色い花を咲かせ、青黒色の実をならせる芳香のある常緑の灌木で、高さは数メートルになります。イスラエルでは、「祝いの木」(55:13)として、めでたい時の装飾用に用いられます。その木の間に立っているのですから、彼は祝福をもたらす人なのでしょう。しかし赤い馬は、流血と戦争の象徴です。さらに彼の後ろには、栗毛や白い馬がいました。栗毛の馬は紛争と不安を、白い馬は平和と勝利を象徴します。そして主が解説して言います。「これらは、地を行き巡るために主が遣わされたもの」(10節)である、と。おそらくペルシヤ帝国の騎馬巡視隊が平定された領地を見廻るイメージを借用しているのでしょう。流血や戦争など一連の出来事があった後で、平和の時代がやってきたことを語っています。事実彼らは「全地は安らかで、穏やかでした」(11節)と主の使いに報告をしているのです。ただそれは、ユダヤ人にとっては悪いメッセージでした。というのも、もはや昔日の栄光を取り戻すことのできない、歴史が固定化されていく悲しい現実を突きつける報告でもあったからです(12節)。

しかし、主は、祝福をもたらす方、未来を導かれる方で、ゼカリヤに良いことば、慰めの言葉を与えられました(13節)。第二の幻が語られます(18節)。四つの角は、ユダとイスラエルを滅ぼした諸国家、つまり、アッシリア、エジプト、バビロン、メドペルシャを象徴しています(19節)。神はそれらを滅ぼされる、と。そしてさらに新しい世界秩序を打ち立てられる、と言うのです。人間の歴史は、しばしば動かしがたい、抗しがたい流れとなり、固められ、私たちの希望を奪い去ります。この秩序は固定化され永遠に続いていく、少なくとも自分が生きている間は、と思わされることがあるものでしょう。しかし、主は思うままに、その流れの向きを変えられるのです。今日も神の業に期待してまいりましょう。