ナホム書 1章 ニネベへの宣告
おはようございます。ナホム書は、ヨナ書と対象を同じくしますが、100年時代を異にするアッシリヤに対するメッセージです。神との正しい関係を維持すべきことを教えられます。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安
1.ナホム書の背景
ナホム書は、アッシリヤのニネベに向けて語られたメッセージです。ヨナ書と同じで、イスラエル以外の他国に向けられたもの、しかも、大国であるアッシリヤに向けられた神のことばです。ヨナは、ニネベに悔い改めを勧め、その機会を得させましたが、ナホムは、ニネベに対する神の裁きが必至で、もはやそれを回避できないことを伝えています。
時代背景としては、ヨナの時代からさらに100年ほど下ったBC612年、ニネベ陥落直前のことです。その頃のユダ南王国は、マナセ王が、約50年に及ぶ長期政権を維持していましたが、霊的には最も暗い時代、神のことばは否定され、預言者の口は封じられていたのです。ナホムはこの50年の沈黙を破って、当時の世界大国であるアッシリヤに対して、神のさばきを宣告するのです。しかもナホムは、ニネベの徹底的な荒廃を、ニネベの最盛期に預言しました。それは、ナホムから出たのではなく、神から出たことばだったのです。
2.ナホムのメッセージ
1章は、ヘブル語で読むと、各行の最初の文字がアルファベット順に揃えられている、いろは歌(アクロスティック)となっていることがわかります。ただし、アルファベット22文字が揃っているわけではなく、8節まで11文字(アーレフからカフ)で終わってしまう中途半端ないろは歌です。そしてこの8節の間に、語られていることは、アッシリヤが周辺諸国に及ぼした圧政と暴虐の数々に対して、神がそれを決して忘れないということです。「主はねたんで復讐する神、主は復讐し、憤る方。主はご自分に逆らう者に復讐し、敵に対して怒る方」(2節)。「ねたみ」「憤り」「怒る」神は、人間的な感情とは無縁の存在と思わされるところですが、被害者が根深くその仕打ちを忘れないように、神も、アッシリヤの悪を決して忘れないと言います(アモス8:2)。しかしそのように人間の感情になぞらえて語られるところに、神の決意の確からしさ、緊急性を覚えさせられるところでしょう。ヨナの悔い改めの勧めに、一度は素直に悔い改めたニネベでしたが、それを維持するのではなく、アッシリヤは、神の怒りを引き起こす暴虐の限りを尽くしてきたというわけです。
そういうわけで13節以降は、ユダへの慰めのことばとなっています。神は、ついに、アッシリヤの「くびきを砕いて外し、かせを打ち砕く」と。14節は、アッシリヤに対する完全な滅亡を宣告するものか、ユダに対する赦しの約束と理解するか、解釈が分かれてきました。新改訳第三版は、ユダと解釈したようですが、今回の2017は、どうやらアッシリヤとする多数説を採用したような訳になっています。そして15節、神が、そのようなアッシリヤに裁きをもたらし、ユダを解放されるなら、まさに神に信頼しながら正しい生活をせよ、と勧めています。悔い改めは一度限りのことではありません。神へ近づく努力は意識的に継続される必要があるのです。各自、信仰の高嶺を目指して歩みたいものです。