2章 ニネベの徹底した破壊
おはようございます。ニネベに対する徹底的な神の裁きが語られ、改めて神を敵として歩むことの恐ろしさを感じさせられるところです。主の側に立つ歩みを進めたいところです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安
1.アッシリヤへの裁きとユダへの約束
「散らす者が、おまえに向かって上って来る」(1節)エレミヤやイザヤのように、ナホムはイスラエルについて語っているわけではありません。アッシリヤに向かってニネベの滅亡を宣告しています。それは、これまで諸国を侵略し、世界の頂点に立ったアッシリヤが、「追い散らす者」つまりメディアとバビロニヤの連合軍によって滅亡に追い込まれることを語っています。それをなさるのは、神。だから、どんなにこれに備えても、その猛攻をかわすことはできません。他方、神はユダ南王国を回復する、と約束します(2節)。「荒らす者」は、第三版では「かすめる者」。ここでは、徹底的にアッシリヤが荒らされて、無一文とされることを語っているのでしょう。
2.アッシリヤへの攻撃
3節以降は、アッシリヤに加えられる猛攻の様が描かれます。実に絵画的に、合戦のイメージが伝わるところでしょう。メディア軍は、緋色を好んだとされ、煌びやかで、色鮮やかな出で立ちであったのでしょう。そして整えられた陣形を組み、戦車に乗った兵士たちが襲い掛かるのです。彼らは5節、「高貴な人」な人、つまり本来は実戦には無縁の身分の高い者すらこの戦いに招集されるのです。いよいよ敵は本陣に迫れり、というところでしょうか。3節が攻撃側の描写であることは明らかですが、4節は、攻撃側か防御側か難しいところです。5節は、防御側とすれば、外から柵が設けられるというのは、袋小路に追い詰められたアッシリヤの悲劇を物語っているのでしょう。そこに「いくつもの川の水門が開かれ、宮殿は消え去る」のです(6節)。ニネベは、長さ5キロ、幅2.5キロの大きさで、ティグリス川とコセル川の岐点に建てられていました。30メートルの高さの城壁をもって守られ、城壁の上は、4台の戦車を並べて通ることができるほど広い、難攻不落の町であったとされます。しかし、ニネベを攻略したメディアとバビロンの連合軍は、ニネベを貫流するコセル川を調整している水路や水門を占拠し、それを開放し、町に大水を流し込んで建物を流し、破壊したと言います。まさにナホムが預言して、20年と経たずに起こった出来事でした。その破壊は、あまりにもすさまじく、その後ニネベは忘れられ、発掘作業も長い時を経たと言います。「不毛、空虚、そして荒廃」(10節)、は、ヘブル語では、ブーカー、メブーカー、メブラーカーと、音節を重ねる語呂合わせになって、徹底した攻撃に対する恐怖を煽る効果を出しています。ヨナの時代、ニネベは悔い改めましたが、それから約100年後のニネベは神の前に頑なで、滅ぼされていきます。神が敵となることの恐ろしさがあります。しかし神が味方ならば、現状がどうあれ、そこには希望があると考えるべきでしょう。目には見えませんが絶えず共にいてくださり、正しいことをなさる主を喜び、信頼し、そのみ教えに従ってまいりたいものです。主の側に立つ旗印を明らかにいたしましょう。