ヨハネの黙示録7章 勝利の凱旋
1.印を押された者(7:1-9)
しばしば聖書の中で、数字の4は全体を意味することばとして使われます。御使いは霊的で、目に見えない存在です。そのみ使いが、四方の風を押さえている。それは恐らく、6章の前半部分に描かれた災いの拡大を押さえているのでしょう。世界が滅亡に向かう状況に、神が一人でも多くの人を救おうと抑止力を働かせている、と理解すべきところです。
そしてそこに2節、もう一人の御使いが登場します。大切なのは生ける神、という言い方。つまり、命のない、造り物の偶像に対比し、いのちあるまことの神、その神の印をもったみ使いが登場します。そしてその御使いは、先の御使いが四方の風を押さえる手を放す前に、神の印を、神のしもべの額に押そうとするのです(3節)。もちろんこれは文字通りに理解するものではなく象徴的な意味です。最も目立つ額に印をつけるというのは、災いから守られるべき人をはっきり区別することを意味します。そしてその人たちの数を数えると144,000人。これも実際の統計的な数ではなくて象徴的な数です。つまりある一定数を意味しているに過ぎません。ですから4節の「イスラエル」これも民族的な意味ではなく、神の民を意味する霊的、象徴的なものです。実際イスラエルの12部族という区分は、この時代には既に失われていました。そしてイスラエルの子孫という表現は、民族的な意味よりも、霊的な意味で使われるようになっていました。事実このイスラエルの部族の筆頭は、ユダ族です。もともと12部族は、ヤコブという人物の、12人の子どもたちに由来し、その長子はルベンですから本来はルベンが最初に来るはずです。それがユダから始まるのは、メシヤが出た部族だからです。つまりメシヤを中心とする霊的イスラエルという意味です。また、旧約時代の部族構成数を見ると、人数の差は歴然としていますから、どの部族からも12,000人もおかしな話です。ですからすべて霊的な意味に解釈していくわけです。というわけで
このイスラエルは、これまでの人類史の中で、神の民とされたすべての人と理解すべきで、神と子羊であるキリストの権威を認めた者たちのようですね。
2.この人たちは誰か(7:10-17)
13節、集められた人々の特徴がさらに語られます。彼らは「大きな患難を経てきた者たちで、子羊の血で聖くされた者たちである」と。つまりあらゆる部族、民族、国民から集められたその人たちは、6章の後半に出てきた迫害の試練を通り抜け、白い衣を着せられた人たちです。まさに目を覚まし、生きた信仰を持てと言われて、信仰を回復したサルディスの教会のような人たちですね。その彼らは聖所に仕えている、とされます(15節)。「聖所」はギリシア語でナオス、外庭を含めた神殿全体ではなくて、神殿本体の中でも神がおられる「至聖所」を意味します。つまり神に最も近い場所で昼も夜も仕えている。そして御座についておられる方も、彼らの上に幕屋を張られる。つまり神も彼らを住まいとする、神が彼らの側で永遠に安らいでくださる、というのです。これは素晴らしい祝福です。迫害にさらされ信仰の忠実さを保っていたスミルナの教会にとっては、実に素晴らしい慰め、迫害の中で妥協し、またまどろんでいたペルガモンなどの教会にとっては、こうしてはおられぬ、神の祝福を逃してはいけない、と姿勢を正すイメージであったのではないでしょうか。
こうしてここは6章の殉教者たちの声に対する答え、21章でさらに詳しく描かれる、新天新地、終わりの祝福を先取りして語っているわけです。ちょうど、戦争映画を見ると、そのラストシーンにはお決まりの場面があって、軍隊が隊列をなして帰還してくる場面、続いて、彼らが家族と再会し、抱き合い、無事を喜び合い、日常に戻っていく場面が描かれることがあります。それと似ていますね。神を信じ、神に従う信仰者にとって、神の前に立つ終末の時は、恐ろしい裁きの座に立たせられることではありません。それは勝利の凱旋の時、戦いが終わって新しい日常へ戻っていく時なのです。では今日も良い一日であるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に昨日のクイズです。「黙示録は大きく三つの部分からなっています。1-3章の七つの教会へのススメ、そして4章から始まる七つのしるしによる終末への喚起、そして最後の七つの教会の約束ですが、それは何章から始まるでしょうか?」答えは19章でした。では今日の聖書クイズを一つ。ヨハネは、7章で、信仰を持った者が与る終末の状態をどのようなイメージで描いていますか?答えはまた明日、今日もよき一日となるように祈ります。
<天草さんのフォローアップ>
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