コリントへの手紙第一8章

「次に、偶像に献げた肉についてですが」つまりこれもまたコリントの教会に回答を求められた質問だった。パウロは、性にかかわりある諸問題を5-7章でとりあげ、次に、偶像への供え物に関わる問題を8-10章に渡って取りあげる。それは、今の私たちにはあまり関係のない問題のようであるかもしれないが、考え方の原則は、応用の効く 重要なものである。

なぜ性の問題が語られた後、偶像礼拝の問題が語られているのか。質問状ではそのような順番になっていた、ということもあるだろうが、当時性の乱れと偶像礼拝とは非常に深く結びついていたとも考えられる。つまりコリントのアフロディア神殿には、千人近くの巫女がいて、巡礼観光客と性的な享楽にふけていたことは、有名な話しである。

「偶像に献げた肉」は、ギリシア語では、エイドーロストン。普通、「献げ物」と訳されるギリシア語には、ヒエロストン(聖なる置物)、あるいは、セオストン(神への置物)が使われる。しかし、質問者は敢えて違う単語を用いた。つまり質問者は、それが本当の神にではなく偶像に献げられたものであると認識し、そのような肉を食べて良いものか、と悩んでいたのである。

当時は、よく神殿や偶像に関係のある場所で食事を取ることがあった。私的献げ物の場合はそうであり、供え物をした人が、宗教儀式で余った肉をもらい受け、それで宴会を開くことがあった。そこで、キリスト者は、そういう集まりに出てよいものかどうか。付き合いの悪い人間にはなりたくはないが、このような場で出される食事には一種の罪悪感が伴う、どうしたらよいのか、という問題があった。

また、店頭で売られた肉のほとんども、偶像崇拝の供え物とされたものであった。公的献げ物の場合、肉は、偶像に献げられるのみならず、その一部は祭司へ、さらに使いきれない肉は市場に売りに出されたからである。となれば、市場で購入した肉が、偶像に献げられた供え物の一部である可能性は多いにありえた。しかも、当時の人たちは悪霊の存在を真面目に信じていた。悪霊が人間にまとわりつき、たえず人間の体の中に入ろうと狙っている。そして、悪霊は人が食べる食物と一緒に体に乗り移り、人を狂わすと考えた。これを避ける方法は、人が食べる肉を善神に献げることであり、そうすれば、よい神がその肉に乗り移り、悪霊が入るのを防いでくれるのである。問題は、そのように肉が聖められたとしても、果たしてそのような異教的な儀式を潜り抜けた肉を食べてよいのか、どうかであった。

パウロは問題の核心について触れて言う。皆わかっている。偶像の神はただの作り物であるし、存在しない神にささげた物が汚れることも、悪霊が口から入るということもない、と。実際、神々と呼ばれるものが地上にどれほどいようとしても、まことの神はただお一人、父なる唯一の神のみである。この方によって全てのものは存在し、私たちも存在するのである。しかし、全ての人が、そのような認識を持っているわけではない。だからそのような認識を持たない弱い人の躓きにならないように愛の配慮をしよう、というのである。キリスト者は、兄弟を躓かせるようなことをせず、言ってよいこと、やってよいことを、他者への思いやりと愛から、差し控える者でもあるのだ。

「愛は人を育てます」(1節)は、ギリシア語では、オイコドメオー一語である。もともと家を建てるということばで、パウロは、このことばを、教会を建てあげる意味で、よく使っている。つまり、教会を建てあげるに必要なのは知識ではない、愛である、パウロはそう確信していた。そして、自分はわかっていると思い上がっていてはいけない。もっと謙遜になりなさい、という。確かに、わかっていても、わかったとおりにはできないことがある。信仰の弱い人々は、偶像が存在しないとわかっていても、その呪縛から簡単には解放されない。頭で理解できても、感情的に受け付けられないことはあるものだ。だから、気持ち的に受け付けないものを受け入れるように強いられるならば、良心が汚れたように(7節)、さらには踏みにじられたように感じ(12節)、ついには、躓き教会を離れてしまうことになるだろう(13節)。

教会の難しさは、何が正しいのか、ということをわかっているだけではなく、愛の配慮をどれだけ働かせることができるかである。他者の影響、迷信の影響を受けやすい良心の弱い、躓きやすい人がいるなら、そういう人に配慮し、彼らを育てるために、偶像に献げられたものは食べない、と自制を働かせることもあるのだ。考えなければならないのは、自分のことだけではない。弱い兄弟のことも考えなくてはならないのである。強いクリスチャンは、愛において成長し、また弱いクリスチャンも、真理において成長する、そして教会が完成されていくことが大切である。

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