創世記9章

 神は、ノアとその息子たちを祝福される。その祝福は、創造のはじめと同じ祝福である。「生めよ。ふえよ」神の私たちに対する態度は永遠に変わらない。しかしここで神は、ご自身と人、そして他の被造物との関係を明確にしている。「支配せよ」というのではなく(1:28)、それらを「委ねる」(9:2)と語られる。そして、いのちについてご自身の考え方を示している(5,6節)。人のいのちは血によって支えられるものであり、いのちと血は、同価である。そしていのちは神が与えるものであるから、人が、人の血を流し、いのちを奪うことは、神の所有を犯すことに他ならない。それは別の言い方をすれば、神が造られた被造物に対する人の権利を制限するものである。被造物は人のものではなく、神のものである。神は改めて人に、ご自身の者を委託されていることを明確にされた、ということだろう。
だから違反には神の刑罰が科されるのであり、「あなたがたのいのちのためには、あなたがたの血の価を要求する」ことになる。そして、人の血を流す者は、人によって、血を流されるというのは、いわゆる「目には目を、歯には歯を」という報復を正当化するものではない。神は血を流したことについて、ご自身の所有を犯した責任をそれぞれに問うのであるが、先に述べたように、神は被造物に対する人の権利を制限されているのだから、その神の刑罰が人間を通して行われることを示しているにすぎない。そういう意味では、報復権が語られているのでもないし、ここで死刑制度が神によって定められたと言うこともできない。
ともあれ、神は、いのちが不可侵であることの理由として、「神が人を神のかたちにお造りになった」からであるとする。人のいのちを殺めるのは、神の栄誉を傷つけることである。それは他人のいのちはもちろんのこと、自分のいのちについても言える。いのちの大事さは、いのちが神に与えられ、神のかたちを映し出すものだからである。
次に、神は、ノアとその息子たちと契約を結んでいる。ノアを代表者としてではない。ノアとその息子たちは共同契約人とされているのである。また、彼らが結んだ契約の特徴は、第一に、創造主と人間のみならず、あらゆる被造物との間に交わされた普遍的契約である(9,10節)。第二に、それは目に見えるしるしである雲の中の虹によって保障された。しかもこの虹は、永遠のものである(エゼキエル1:28、黙示4:3、12節)。つまり、この契約は、全被造物に対して、世々永遠にわたって変わる事なく結ばれた。なお、当時の契約には、対等の契約と宗主と隷属者の契約と呼ばれる二種類のものがあった。前者は両当事者が同一の義務を負い、後者は、隷属者だけが宗主の命令に服従する義務を負う。しかしノアの契約はそのいずれでもない。神が一方的に義務を負われる約束である。神が契約を取りまとめ、それを維持される。神の努力に、その契約の効力はかかっているのである。神は永遠に、私たちのために義務を負われる。どのような義務か。第一に、洪水によってこの世が再び滅ぼされることはない(8:21、9:11)。また、自然の秩序、季節を約束し(8:22)、さらに人間の権威を守り、動物を食べることを許している(9:2-3)。最後に、人が繁栄することを期待されている(9:6-7)。神は人の祝福を願うお方である。
さて、後半、ノアの失敗が描かれている。ノアは、ここでぶどう畑を作り始めたと語られる。もし、ノアがぶどう作りについて玄人であったなら、ノアは葡萄酒の危険を知りつつも、注意を怠り、こんな過ちを犯してしまったのだ、と読むこともできるし、素人であったなら、ノアは葡萄酒の危険をまったく知らずに、不可抗力にこのような失態に及んでしまった、と捉えることもできる。しかし著者の関心は、ノアの飲酒の是非ではなく、ノアの失態に対する家族の態度にあることに注目したい。
22節、「カナンの父ハムは、父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。」とある。「見て」と訳されたことばは、ラアー、たまたま視線がそちらに向いたのではなくて、注視する、じっと見つめる、の意味で、見ることによって悪しき思いを募らせることを暗示している。また「告げる」も、ただ単に、知らせる以上の意味がある。つまり、家族の失態をカバーするのではなく、その失態から混乱を引き起こそうとしたハムのあり方が問題にされている。本来は、セムとヤペテがなすように、人の恥を覆い、殊更に問題にしないことが、人間らしいことである。だがハムのように、人をさげすみ、人に恥辱を加え、人の不幸を喜ぶのが、人間なのである。ハムは、私たち自身であることをわからなくてはならない。しかし神が私たちに期待されていることは、私たちが、回復と恵みを示す神の器として立つべきことである。人は神に被造物を委託され、神の愛をもって他者との関係に生き抜くように再スタートを切ったことを心に留めて歩みたいものである。

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