エレミヤ書35章

35章 忠実さを貫く

おはようございます。起源を同じくし、同じ時代にカナンの入植したレカブ人とイスラエル人の生き方が対象的に描かれます。信仰に生きるというのは、まさに、神のことばへ忠実さを問われることです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.レカブ人のエピソード

エホヤキム王の時代の預言です。時間的には34章よりも前の出来事です。脈絡もなく、エレミヤの預言が集められているようでありながら、実際には、昨日の契約を破棄したユダの首長の例に対照的な、先祖の戒めに忠実であったレカブ人の例に教えられるところです。レカブ人は、ケニ人の子孫と考えられ(1歴代2:55)、ケニ人はモーセの義兄弟です。彼らはユダ族と共にカナンの地に入植、南部の砂漠地帯で半遊牧生活をしていました(1サムエル15:6)。彼らは、カナン的な生活様式に反対し、カナンの代表的な農産物であるぶどう酒を決して飲もうとせず、先祖の戒めを固く守り続けて来た人々です。レカブの子ヨナダブ(6節)は、北イスラエルのエフーの時代(BC840年)、バアル礼拝をイスラエルから一掃するために、アハブの家に敵対してエフーを支援したとあるように(2列王10:15-17)、宗教的な純潔をも守り続けてきました。BC722年、北イスラエル王国が滅亡すると、彼らは南ユダに移住し、エレミヤの時代バビロンの侵略が激しくなるにつれ、彼らはエルサレムに住み着くようになりました(2列王24:2、エレミヤ35:11)。伝統的な生活様式を守り続けた彼らの存在は、エルサレムの住民の目には奇妙に見えたはずです。

「イグダルヤの子、神の人ハナンの子らの部屋」は、神殿の庭に面しており、庭に集まっていた群衆には、中の様子が良く見える場所であったようです。そこでエレミヤはぶどう酒を飲むように勧めるのです。するとレカブ人は、200年以上も守り続けて来た先祖の言い伝え通りに、今もその通りに行うことが自分たちの意思であることを明言します。

2.レカブ人に教えられる

レカブ人が語り終えると、エレミヤは群衆に向かって主の言葉を伝えるのです。彼らは、イスラエルの民と同じ時代にカナンへ入植しながら、カナンの宗教にも生活にも染まらず、先祖ヨナダブの命令を、忠実に受け継ぎ守り続けて来ました。しかし、イスラエルの民は、シナイにおける神の命令を、たびたび預言者に警告されながらも、守り続ける事はなく、むしろ、カナンの宗教と生活に妥協し、混淆をよしとしたのです。レカブ人はその忠誠の故に祝福されるが、イスラエルの民には、わざわいがくだされる、とエレミヤは明言します。

わかりやすいメッセージです。神の道に生きるというのは、しばしば世の人々との生き方とは違うものがあるでしょう。人との接し方、物事の進め方、お金の使い方、価値の置き方、様々な点で、聖書的な色が出てくるものです。それはある人々には奇妙に、尊敬よりも嘲笑すべきこととして見えることもあるかもしれません。しかし、純粋な信仰に生きることは、理屈では説明のできない部分があるものでしょう。この世の批評に振り回されず、譲れない、動かしえない信仰の態度、姿勢を鮮明にして、歩ませていただきたいものです。