ヘブル人への手紙5章

ヘブルの著者は、神の子キリストの卓越性について語ってきた。1,2章では、天使に勝るお方であり神であること、3,4章ではモーセの忠実さに勝る完全な仲介者であること、5,6章ではアロンに勝る大祭司であることが語られる。そこで最初に、大祭司の二つの資格が語られる。

まず大祭司は、自分が代表する人々に同情できる人でなければならない(2-3節)。聖なる職務に相応しい優しい人格的な資格を持っている、つまり彼は罪を犯している人々に一々憤慨し、激怒するのではなく、過失にせよ、挑発的であるにせよ罪人に対して自制心と寛大さを示す力が必要とされる。そして第二に、彼は、神に召されてその地位に任命される人でなければならない(4節)。

この資格に照らしてイエスを見るならば、イエスも、神の任命を受けている、と詩篇2:7を引用する。ただイエスはアロンのようにではなく、メルキゼデクのように、神に召された、という。突如メルキゼデクという人物が出て来るが、それは後の7章に詳しく述べられており、もともと旧約聖書の創世記14:17-24と詩篇110:4にシャレムの王、「天と地を造られた方、いと高き神」の祭司として登場している人物である。シャレムは後のエルサレムとされていて、つまりメルキゼデクは、イスラエルがエルサレムを支配する以前にエルサレムを支配していた王である。そしてメルキゼデクは、アブラハムが捕らわれの身となった甥のロトとその家族を救出した際に、パンとぶどう酒を持って出迎え、「いと高き神」の名によってアブラハムに祝福を与えている。この時アブラハムが、彼に分捕り物の十分の一をお返ししたことは、メルキゼデクを自分が信じる神に立てられた祭司として認めた事に他ならない。つまりイスラエルには、アロン系の祭司以前に、メルキゼデク系の祭司がいた、ということである。そして幾世紀か後、エルサレムがダビデの手に落ち、首都となった時(2サムエル5:6)、ダビデと後継者は、メルキゼデクの王位ばかりのみならず、いと高き祭司職の継承者ともなった、と考えられる。つまりイエスはまさにダビデ家に約束された王であり、神に任命された祭司である、完全な継承者ということだろう。こうしてイエスは、世襲制の伝統的なアロン系の祭司ではなかったが、神に召されたメルキデゼク系のとこしえの祭司であった、とされる。

またイエスの第二の資格は、罪人に対する同情できる能力にある。彼はすべての点で兄弟たちと同じようになられた。最も重要な点は、イエスが十字架の死の苦しみにあって、人間には不可能な超自然的な力によってそこから逃れようとせず、神の御心に服従した事実である(7節)。彼は神の子ですらあるのにその苦しみに甘んじた(8節)。それこそ、祈りが答えられないという理解困難な試練に直面することの多い、私たちと同じようになった大祭司としての資格を明確にするものである。

おそらくこの手紙の読者は、信仰に忠実に留まるなら、イエスと同じように、試みと苦難に身をさらすことになり、逆に信仰告白を放棄し、キリスト者としての旗印を不鮮明にするなら、試みと苦難から逃れうることを感じる状況にあったのだろう。ヘブルの著者は、そうした読者に、苦難を受けて神の御心に完全に服従したイエスの模範を覚えるように、イエスは自ら苦しまれたので同情できるお方である、と語っているのである。

さて、ヘブルの著者はこのイエスの取りなしの業、大祭司の職務についてさらに詳しく語ろうとするが、読者がそのことについて全く準備ができていないことを指摘する。そして、読者の霊的状態に対して具体的な警告を与えているのである。

今まで長い間キリスト者として生活してきていて、他の人々を教えることができるはずなのに、現実は自らが教えられる必要があり、しかも、神のことばの初歩をもう一度教えてもらう必要があるというのはどういうことか、というわけである。

固い食物と乳の対比は、パウロも用いている(1コリント3:1以下)。そこでは、コリントの教会の、この世の倫理道徳観を教会にそのまま持ち込んで何とも思わずにいた人々に、聖書の価値観に照らして、自分たちは変わらなければいけない、という気づきを与えようとする意味で用いられている。つまりコリントの教会の人々は、物事において、人間ばかりではない神を勘定に入れて行動することができていなかったのである。神ご自身の対する信仰という、基本ができていなかった、ということである。その結果、教会の中に、分裂が起こり、不道徳がはびこり、礼拝が混乱する問題が起こっていた。ヘブルの著者は、メルキゼデクの位に等しい、キリストの祭司職制が、私たちの信仰の成長にどのような意味をもたらすかを理解させるため、もはや、そのような初歩レベルのことは終わっていたい、ということである。自らの信仰の性質をよく理解し、信仰の歩みを絶えず先に進めるキリスト者でありたいものだ。

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