1.初子の聖別と記念(13:1-16)
昨日のクイズでも解説しましたが、初子、つまり長子は、どの国の人であっても、家の後継ぎとして重要な存在でしょう。しかしながら、イスラエル人の場合、初子が与えられると、これは神のものとするという特別な位置づけを意識しました。つまりここでは、初子の聖別が命じられていますが、聖別というのは、神のために特別に選り分けてささげることを意味しています。初子は親のものでも、家のものでもなく、神のものなのです。それは、神あっての家族であることを確認する意味もあったのでしょう。
続いて、これから行われることになっている過越節と(3-10節)初子をささげる儀式(11-16節)について、その細かな手順が述べられています。大切なのは、「覚えていなさい」という主の命令です。「主が力強い御手で、あなたがたをそこから連れだされた」その事実を覚えていなさい、と言います。実に、人間は忘れ易い者です。神に愛されたこと、よくしてもらったことを忘れてしまう者です。しかし興味深いことに、神によくしてもらうことは、まだ先のことであるということです。つまりイスラエルの民は、こう語られた後で、紅海脱出の奇跡的な出来事を経験するのです。「これは、私がエジプトから出てきたとき、主が私にしてくださったことのためなのだ」(8節)と神がよくしてくださったことを覚え、「手の上のしるしとし、額の上の記念とする」(9節)工夫をもって、絶えず意識していくようになる出来事が起こるのは、これから先のことでした。まだ起こってもいないことについて、救いだす神の力強い御手を覚え感謝するように命じられているのです。記念とすべき恵みを味わうには、まず信仰による第一歩を踏み出すことがなくてはならなかったのです。
さて、今日、ユダヤ教徒はこの9節を文字通りに解釈し、革ひもに小箱がついたものを腕と頭に巻き付けています。腕用のものは、「テフィリーン・シェル・ヤ―ド」、額用のものは「テフィリーン・シェル・ローシュ」と言い、箱の中には出エジプト記13:1-10,11-16、申命記6:4-9、11:13-21羊皮紙の巻物が入っていると言います。ユダヤ人は朝の祈祷の時にこれをつけて祈ります。確かに形になっていれば覚えやすいということはありますが、逆です。覚えたいものであるからこそ形にもするのです。しかし覚えたいと思うようになるには、神の恵み深い言葉を信じて踏み出すことがなくてはなりません。どこまでも信じて踏み出し、確かに救ってくださったという恵みに与ってこそ、記念の儀式も、工夫も活きてくるというわけです。
3.脱出の道(13:17-22 )
モーセとイスラエルの民たちは、ラメセスを出発し、約束の地カナンへと踏み出しました。当時、エジプトからパレスチナに向かう道は、三通りありました。第一に、地中海を海沿いに北上する「海の道」。エジプト人は「ホルスの道」と名づけましたが、聖書では「ペリシテ人の国の道」と呼ばれています。それはエジプトからパレスチナへ徒歩で約2週間の最短経路で、エジプトの軍隊が駐留する軍用道路でもありました。第二の道は、「海の道」に平行し、内陸を通る「シュルの道」です。かつてエジプト人の女奴隷ハガルがアブラハムの家から逃れ、エジプトに向かったのは、この道であったとされます。主として遊牧民や商人が往来する商用道路でした。第三の道は、現在では巡礼者の道として知られている道で、スエズ湾からアカバ湾へとシナイ半島を横切る、最も内陸よりの道でした。
しかし、神が、イスラエル人を進ませた道は、当時使用されていたこれらの道路ではないのです。聖書は、「葦の海」を渡ったということ、「荒野の路」を通った、と述べているだけで、正確にその地点や経路は述べていません。ただ、様々な考古学的な研究でわかってきていることは、葦の海は、スエズ湾先端付近で、そこからスエズ湾に沿って、逆三角形のシナイ半島を南下し、シナイ半島の先端にあるシナイ山で折り返してアカバ湾沿いに北上、パレスチナに入ったということです。なぜこんな経路を通ったのか。実際的に考えてみれば、200万以上の人口が一斉に移動するのですから、シュルの道や巡礼者の道という普通の商用道路では狭すぎたということもあるでしょうし、軍用道路を進んでエジプトの軍隊と衝突することもできなかった事情もあるでしょう。ただ神のなさることは、常に私たちの思いを越えたものです。神は神の道、つまり人が踏みゆかない全く新しい葦の海を奇跡的に渡る道を用意されました。神と共に歩む人生は、人が踏みゆかない地に道をつけるようなものです。もちろん、神が「雲の柱、火の柱」となって、私たちの先を進まれ、私たちの新しい歩みを先導されるのです。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。「過ぎ越しの祭りと言えば、その食事は出エジプト記では、子羊の肉と種なしパンと苦菜とされていますが、イエスの時代に至るまで新たに加えられた要素は何でしょうか?」答えはぶどう酒です。イエスは過ぎ越しの祭りの際に、ぶどう酒を弟子たちと分かち合っています。この習慣は、中間時代に加えられたと考えられています。では、今日の聖書クイズを一つ。エジプトから地中海沿いに北上する道は、一般に「海の道」と呼ばれましたが、他になんと呼ばれましたか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。
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