民数記10章

10章 出発の定めと出発
1.銀のラッパ(10:1-10)
イスラエルの民は、いよいよシナイから約束の地へと進んでいく用意ができました。彼らは、ラッパの音によって束ねられて、雲の柱、火の柱の動きについていくのです。神のみこころを民に伝えるために、神が備えられた第二の方法は、銀のラッパでしたが、それはどんなラッパであったのだろうか、と思います。歴史家のヨセフォスによると、それは、ローマのティトウスの凱旋門にそのレリーフがあり、長さ45センチ弱、先が朝顔形に広がったまっすぐなパイプであるとされます。
ラッパは、四種類の吹き方をして、四つの神の意思を示しました。長く吹き鳴らすことで、民を招集し、短く吹き鳴らすことで宿営の出発を知らせました。短く吹き鳴らされるたびに、部族は、東から、南、西、北の順に一団となって出発するのです。また短く大きく吹き鳴らす場合は、戦闘態勢に入ることを意味しました。そして最後に、主の祭りを祝う際に、ラッパが吹き鳴らされました。おそらく集会の招集とは違う長く響く形で吹き鳴らされたのでしょう。
新約時代の私たちにとってラッパと言えば、終わりの日に主のもとに集められるために吹き鳴らされるものがあります。(1テサロニケ4:16)。大切なのは、その日、このラッパの音を聞き分けることができるか、です。もちろん、ラッパの音は、初めて聞くものではなく、旧約時代の彼らがそうであったように、集会の招集、出発、戦闘、主の祭りの祝い、といった日々の営みの中で、慣れ親しんだものであるはずです。日曜日も、どれ礼拝にでも行ってくるか、ではなく、ラッパの音を聞いて礼拝に集められる、という部分が、私たちの信仰の営みの中にあるかが大事です。また、教会がラッパの音のもとに、一つとなって動き出し、戦う、という営みがあるかが大事なのです。それなくして、心の耳に響くであろう、世の終わりのラッパの音を聞き分けるというのは、難しいことでしょう。神のラッパの響きに対する応答として、日々の信仰の歩みが進められたいところです。
2.戦闘隊形での出発(10:11-36) 
さて11節から民数記の第二の大きな区分に入っていきます。つまり、イスラエルがシナイを出発してからモアブの草原に到達するまでの、約38年間に及ぶ記録です。第二年目の第二月の20日、イスラエルの民は、雲が上がるのを合図に、主の命令に従い、ラッパの音とともに出発しました。まず命じられたとおりに、東側の一団、ユダ族が先頭になり、その後に各一団が従いました。気になるのは、21節ケハテ族がガド族とエフライム族に挟まれて出発していることです。彼らは主の契約の箱を運ぶ部族であるから、契約の箱は隊列の真ん中を進んだことになります。ところが33節では、主の契約の箱は「彼らの先に立って進み」とあります。これはどう考えるのか?おそらく、契約の箱だけは、他の幕屋の調度品とは別に、ケハテ族に担われて文字通り先頭に立って進んだのでしょう。契約の箱は神の臨在の象徴ですから、神が先頭に立って進まれることを象徴的に示した光景であったと思われます。
3.ホバブへの依頼
 29節、突如、モーセの義弟ホバブが登場します。そのホバブに、モーセが、約束の地カナンへの同行を求めています。おそらく、道案内として彼は適任であったのでしょう。しかし、方角は、ミデヤンの地とは全く逆方向、ホバブにとっては、これまでの生活を捨てる旅になるものでした。ですから彼が断わるのも当然のこと、と言えます。モーセが彼を説得しようとしたことは明らかですが、彼の同意について、聖書は何も語っておらず、彼が実際に同行したのかすらわかっていません。けれども、明らかなことは、多くの困難が予測されるこの旅を共にするところに、幸せがあり、それは主の約束である、という主がモーセを通して言わせたことばです。ラッパの音と共に出発し、ラッパの音と共に集まり、神を拝し、神と共に歩むその人生には分かち合うよきものがある、ということです。
 最後に、モーセの祈りに注目しましょう。契約の箱が出発する時、また、それがとどまる時に、モーセはそれぞれ祈りを献げました。主が私たちと共に立ちあがるように、そして主がとどまるように。それは、私たちのすべてが神にかかっているとする、私たちの信仰告白です。主が私たちの人生の旅を成功させてくださるように、主がこの旅を最後まで導いてくださるように、主の祝福が豊かにあるように、今日も祈りを持って一日を始めましょう。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。旧約時代の過ぎ越しの祭りで、当時、飲食が指定されていなかったものはどれでしょうか?①種なしパン、②苦菜、③ぶどう酒。答えは③ぶどう酒でした。この時代ぶどう酒は指定されておらず、新約時代、イエスは最後の晩餐の時に、過ぎ越しの祭りを祝っていますが、その際にぶどう酒を弟子たちと交わされました。おそらく、旧約から新約時代への流れの中で、食事内容に変更が加えられたと考えられています。では今日の聖書クイズを一つ。シナイ半島については、いくつかの荒野の呼び方がありますが、シナイ半島東側に広がるのは、次のどれになるでしょうか?①シュルの荒野、②シンの荒野、③パランの荒野、答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

<天草さんのフォローアップ>
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